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【まとめ】Allan Holdsworth/アラン・ホールズワースの使用機材【アンプ・ギター・エフェクター】

国内外で活躍するギタリストの愛用機材をまとめて取り上げる「プレイヤーズ・リグ」
エディ・ヴァン・ヘイレンから「俺の知る限り最高のギタリスト」と絶賛され、スティーヴ・ヴァイ、ジョー・サトリアーニ、フランク・ザッパ、ジョン・マクラフリン、そして現代のガスリー・ゴーヴァーンに至るまで、あらゆる名手たちからリスペクトされるレジェンド。
Allan Holdsworth
サックスなどの管楽器が持つシームレスで滑らかなフレージングをギターで表現するという極めて困難な目標を掲げ、常識外れのストレッチ・ヴォイシングと異次元のレガート・テクニックによって、彼にしか鳴らせない「ホールズワース・トーン」を確立しました 。
しかし、その唯一無二のサウンドは、卓越したテクニックだけで成り立っていたわけではありません。彼は理想の音を具現化するために、ギターの構造、ピックアップのワイヤリング、アンプの増幅回路、そして空間系エフェクトのルーティングに至るまで、エンジニア顔負けの深い探求を行っていました。既製品の機材では到底満足できず、自らハンダごてを握って「Harness(ハーネス)」と呼ばれる独自のシグナル・ルーティング・ボックスを自作するほどの徹底ぶりでした 。
本記事では、そんなアラン・ホールズワースの生涯を振り返るとともに、彼が愛用し、時には自ら開発にまで携わったギター、アンプ、エフェクター、そしてアクセサリー類を徹底的にリサーチして解説します。彼がいかにしてあの美しくもミステリアスなトーンを作り上げていたのか、その真髄に迫りましょう。
Allan Holdsworth|Profil

生年月日:1946年8月6日
出身:Bradford, West Riding of Yorkshire, England
Biography
管楽器への憧れとギターとの出会い
1946年、イギリスのブラッドフォードに生まれたアラン・ホールズワースは、母方の祖父母(サムとエルシー)のもとで育てられました 。彼の祖父であるサム・ホールズワースはジャズ・ピアニストであり、かつて音楽のキャリアを追求してロンドンへ渡ったこともある人物でした 。家庭内には常に上質なジャズがあふれており、アラン自身も幼い頃からジョン・コルトレーンなどのジャズ・ホーン奏者に強い憧れを抱いていました 。特に18歳の時に聴いたコルトレーンの演奏は「自分の人生を完全にひっくり返した」と語るほど、彼の音楽観に決定的な影響を与えました。
アランはサックスを吹くことを熱望していましたが、当時の家庭には高価なサックスを買う余裕がありませんでした。その代わりとして、17歳の時に祖父から初めてのギター(Hofner President)を買い与えられ、音楽の基礎を教わります 。 「ギターという打楽器的なアタック音を持つ楽器で、いかにして管楽器のような息継ぎ(サステイン)と滑らかな音階移動を実現するか」――この幼少期のジレンマと妥協の産物としてのギター体験こそが、後に彼が一生をかけて追求し続ける「レガート・奏法」と「独自の機材哲学」の原点となります 。その後、北部イングランドのメッカ・クラブ・サーキットを回るグレン・サウス・バンドに参加し、プロフェッショナルとしてのキャリアをスタートさせました 。
1970年代:プログレッシブ・ロックとジャズ・フュージョンの開拓
1970年代に入ると、アランはその超絶的なテクニックと独自のスケール解釈を武器に、数々の名立たるバンドを渡り歩くようになります。1972年にはジョン・ハイズマン率いる「テンペスト(Tempest)」に参加し、ギブソンES-335を用いてアルバムを録音しました 。その後も「ソフト・マシーン(Soft Machine)」、「トニー・ウィリアムス・ライフタイム(The Tony Williams Lifetime)」、「ゴング(Pierre Moerlen’s Gong)」、「ジャン=リュック・ポンティ(Jean-Luc Ponty)」のバンドなど、プログレッシブ・ロックとジャズ・ロックの垣根を越えた歴史的なプロジェクトに次々と抜擢されます。
さらに、ビル・ブラッフォードのバンド「ブラッフォード(Bruford)」や、エディ・ジョブソン、ジョン・ウェットンらと結成したスーパーグループ「U.K.」での伝説的なプレイは、当時のロック界に多大な衝撃を与えました 。しかし、完璧主義者であり自分の音楽的ヴィジョンに対して一切の妥協を許さないアランは、バンド内の音楽性の違いやビジネス的な制約に苦しみ、どのグループにも長期間定着することはありませんでした 。この時期の数々の摩擦は、彼を音楽ビジネスに対してシニカルにさせる要因ともなりました。
1980年代:ソロ活動の本格化とSynthAxeへの没入
1980年代初頭、彼は自身の理想を追求すべく、バンド「I.O.U.」を結成し、アメリカ・カリフォルニアへと拠点を移します 。この時期、彼の熱狂的なファンであったエディ・ヴァン・ヘイレンの強い推薦と尽力により、大手ワーナー・ブラザースとのレコード契約を獲得します 。1983年にリリースされたEP『Road Games』はグラミー賞にノミネートされ、続く1985年の傑作アルバム『Metal Fatigue』によって、ソロ・アーティストおよびジャズ・フュージョン界のカリスマとしての地位を不動のものにしました 。
また、1986年のアルバム『Atavachron』以降、彼は「SynthAxe(シンタックス)」という革新的なMIDIギター・コントローラーに深く傾倒します 。ブレス・コントローラー(息を吹き込んで音量やアタックを制御する装置)を組み合わせることで、幼い頃から夢見ていた「管楽器のように音の立ち上がりや減衰をコントロールする」という表現を完全に手に入れました 。当時、熱心なギターファンからは「SynthAxeをやめて普通のギターを弾いてくれ」というメモがアンプに貼られることもありましたが、彼は全く意に介さず、独自の音楽的探求を続けました 。
1990年代〜2000年代:The Breweryスタジオと機材の進化
1980年代後半から1990年代にかけて、アランはカリフォルニア州サンディエゴ北部に自身のプライベート・スタジオ「The Brewery」を設立しました 。彼は常々「時計(スタジオの残り時間)を気にしながら音楽を作ることはできない」「音楽は必要なだけの時間をかけて完成するべきだ」という哲学を持っており、時間制限のない環境を手に入れたことで、彼の完璧主義はさらに研ぎ澄まされました 。このスタジオから、『Secrets』(1989年)、『Wardenclyffe Tower』(1992年)、『Hard Hat Area』(1993年)といった、和声的にも音響的にも極限まで練り上げられた歴史的な名盤が次々と生み出されました。
1990年には、シュレッド・ブームの立役者であるマイク・ヴァーニーの企画により、超絶ギタリストのフランク・ギャンバレとの共演作『Truth in Shredding』をリリース 。マイケル・ブレッカーやウェイン・ショーターの楽曲で、3分以上にも及ぶすさまじいソロの応酬を繰り広げました 。また、1996年のアルバム『None Too Soon』では、ジョン・コルトレーンの難曲「Countdown」やビル・エヴァンスの「Very Early」を見事に解釈し、彼の音楽が「ロック過ぎる」と敬遠していたジャズ・ピュアリストたちをも唸らせる実力を証明しました 。1990年代半ばからはCarvin(現Kiesel)との強力なパートナーシップを築き、自身の理想とするシグネチャー・モデルの開発に没頭します。
晩年と永遠のレガシー
2000年代以降もアランは妥協なき音楽活動を継続しました。2000年のアルバム『The Sixteen Men of Tain』では、トランペット奏者のウォルト・ファウラーを迎え、アコースティックなリズムセクションを導入して、より純粋なジャズ・サウンドへの回帰を見せました 。機材面でも、ヤマハのデジタルアンプ「DGシリーズ」やペダルエフェクターの限界に挑み、常に最新のテクノロジーと自身の理想を融合させていきました 。
ジャズ・ギター界のトップランナーであるカート・ローゼンウィンケルも熱烈なホールズワース・ファンであり、彼の強いオファーにより、2013年にはエリック・クラプトン主催の「クロスロード・ギター・フェスティバル」に出演 。世代やジャンルを超えた圧倒的なリスペクトを集めました 。
2017年4月15日、カリフォルニア州ヴィスタにて惜しまれつつこの世を去りましたが、彼の死後には全ソロ・アルバムを網羅した巨大なボックスセット『The Man Who Changed Guitar Forever』がリリースされました 。アランが編み出した「可能な限り広くインターバルを取る」独自のスケール理論や、美しくも不協和なテンションを含むクラスター・コード、そして妥協を許さない流麗なレガート・トーンは、現在でも世界中のギタリストたちの「永遠の到達点」として燦然と輝き続けています。
Allan Holdsworth|Play&Music
The New Tony Williams Lifetime – Live at Montreux 1976
1976年のモントルー・ジャズ・フェスティバルにおける伝説的なパフォーマンスです。ソロ・キャリア確立前の若きアランが、トニー・ウィリアムスという巨匠のバンドで爆発的なエネルギーを放った歴史的記録として、ファンの間で語り継がれています。
Allan Holdsworth live in Tokyo 1984 + Interviews
名盤『I.O.U.』発表後、1984年の日本公演を収めた映像です。このライブは、アランが独自の「ホーン・ライク」なトーンを確立し、最もアグレッシブに弾き倒していた絶頂期の記録として神格化されています。
Allan Holdsworth Leverkusen 2010
2010年のドイツにおけるジャズ・フェスティバルでのトリオ演奏です。晩年の熟成されたトーンと、一切の無駄を削ぎ落としたアンサンブルによる極上の空間が堪能できる名演として高く評価されています。
Allan Holdsworth|愛用機材【ギター】
Gibson / SG Custom & Standard

機材解説
キャリアの初期から1970年代にかけて、アランはギブソンのSGをメインギターとして深く愛用していました 。1960年代初頭のチェリーレッドのSG Customや、後年のSG Standardなどが記録に残っています 。1980年代初頭のアルバム『I.O.U.』の頃まで、この赤いSG Standardは彼のメインギアでした 。SG特有のダブルカッタウェイによるハイポジションへのアクセスの良さと、マホガニー材がもたらす中音域に粘りのあるサウンドが、彼の初期の「サックス・ライク」なレガート・プレイの基盤を作りました 。
Steinberger / GL Series & ZT3

機材解説
1980年代後半から1990年代にかけて、アランはネッド・スタインバーガーが開発した「ヘッドレス・ギター」に衝撃を受け、本格的に導入します 。 ヘッドを持たないことによる完璧なボディバランス、デッドポイント(特定のフレットで音が伸びない現象)の少なさ、そしてグラファイトなどの合成素材による音響の均一性は、「すべての音符を同じ音量・音質で発音したい」というアランの強烈な欲求に完璧に合致しました 。後年には、トランストレム(和音のバランスを保ったままアーミングができるブリッジ)を搭載したGLシリーズや、木材を使用して洗練されたZT3モデルなども愛用しています 。このヘッドレス構造への傾倒は、その後の彼のキャリアにおけるギター選びの決定的な基準となりました
Bill DeLap / Custom Headless Guitars

機材解説
スタインバーガーの機能的コンセプトを愛しながらも、アランは徐々に「木材の持つ温かみのあるアコースティックなトーン」を求めるようになります 。そこで彼は、カリフォルニアの熟練ルシアーであるビル・デラップ(Bill DeLap)にカスタムメイドのヘッドレス・ギターの製作を依頼しました 。 デラップのギターは、スタインバーガーと同等のコンパクトなサイズでありながらスプルースなどの豊かな響きを持つ木材を使用しています 。特筆すべきは、20インチ(約508mm)というクラシックギター並みに真っ平らな指板アール(ラジアス)と、ジム・ダンロップ製の極太フレット(6000番)が打たれていた点です 。これにより、弦高を極限まで下げてもチョーキングやレガート時の音詰まりがなく、信じられないほどのフェザータッチで演奏することが可能になっていました 。
Kiesel (Carvin) / Allan Holdsworth Signature Series HH1 & HH2


機材解説
1990年代半ばから晩年に至るまで、アランのメインギターとして最も長く活躍したのが、Carvin(現在のKiesel Guitars)との共同開発によるシグネチャー・モデル群です 。 HH1およびHH2モデルは、ヘッドレス構造を踏襲しつつ、ボディにチャンバード(中空)加工を施したアルダー材を採用しています 。
このギターは平均して2.5kg前後と驚異的な軽さを誇り、長時間のステージでも疲労を感じさせません 。また、ピックアップの配置にはアランの物理的な哲学が色濃く反映されています。フロント・ピックアップはホロウ(中空)部分の上にマウントされてフルアコのような甘いクリーントーンと豊かなコードの響きを獲得し、リア・ピックアップはソリッド(無垢)部分の上にマウントされてハイゲイン・ディストーション時の不要なハウリングを防止する設計になっています 。後年にはよりボディ厚を増した「Fatboy (HF2)」モデルも愛用し、よりアコースティックな響きを追求しました
Bill DeLap / Custom Baritone Guitars
機材解説
1990年代以降、さらなる音域の拡張を求めたアランは、カリフォルニアの個人製作家であるビル・デラップ(Bill DeLap)に特注したヘッドレスのバリトン・ギターを使用し始めます。驚くべきことに、これらのギターは34インチ、36インチ、38インチという、一般的なエレクトリックベースと同等かそれ以上という異常なまでの超ロングスケールを持っており、それぞれ「イゴール(Igor)」「ボリス(Boris)」「ゴナン(Gonan)」という愛称が付けられていました。この超ロングスケールに合わせた特殊な弦と強固なテンション・セッティングを施すことで、ベースには出せない「ギターらしい倍音と輝き」を持ったまま、前人未到の低音域を開拓しました。アルバム『Wardenclyffe Tower』などで、この重厚かつ分離の良いサウンドを確認することができます。
Allan Holdsworth|愛用機材【アンプ】
Hartley-Thompson / 100W Custom Solid State Amp

機材解説
1980年代の彼のリード・サウンドの絶対的な核となったのが、イギリスのメーカーであるハートリー・トンプソン(Hartley-Thompson)のソリッドステート(トランジスタ)アンプです 。 一般的にトランジスタ・アンプを歪ませると、耳障りで不快なクリッピング・ノイズが発生しますが、アランによれば「ハートリー・トンプソンだけはそのような不快な歪み方をせず、ウォームでクリーンなチューブ・ライクなサウンドが保たれた」と手放しで絶賛しています 。彼はこの100Wアンプ(後に200W仕様も使用)をリード用として組み込み、ヤマハの4×12キャビネット(Celestion G12スピーカー搭載)から、途切れることのない滑らかなサステインを生み出していました 。
Yamaha / DG80-112 Digital Modeling Amp

機材解説
1990年代後半から晩年まで彼が愛用したのが、ヤマハのデジタル・モデリング・アンプ「DG-80」です 。 初期のデジタルアンプでありながら、その真空管シミュレートのレスポンスと太い音色は極めて高く評価されており、アランはライブでこれを2台用意していました 。1台は「クリーン用」として、ゲインを極限まで下げてマスターボリュームを全開にし、クランチ・プリセットをクリーントーンとして使用。もう1台は「リード用」として、Lead Oneプリセットに様々なゲイン設定を施して滑らかなディストーションを得ていました 。スピーカーにはCelestionのVintage 30が搭載されており、彼の求める分厚いミッドレンジを出力するのに最適なアンプでした 。
Norlin (Lab Series) / L5 100W

機材解説
B.B.キングの愛用機としても有名なNorlin社のラブ・シリーズ「L5」を、アランは1980年代から1990年代初頭にかけてリズム(コード)用のクリーン・アンプとして重宝していました 。 アランの弾くコード・ヴォイシングは、マイナー2度などの不協和音階(テンション・ノート)が非常に狭い帯域で複雑に重なり合っているため、アンプの回路内で僅かでも歪みが生じると相互変調歪みによって音が濁ってしまいます 。L5には優秀な内蔵リミッターが搭載されており、どれほど強くアタックしても音が割れることなく、完全にクリーンなまま音圧を揃えることができました 。彼の立体的で神秘的なコード・ヴォイシングを再生するために、この圧倒的なヘッドルームを持つL5は不可欠な存在でした 。
Mesa Boogie / Dual Rectifier &.50 Caliber

機材解説
1990年代の『Hard Hat Area』や『None Too Soon』の時期には、メサブギーのアンプもスタジオやライブで積極的に導入されていました 。 特にホットロッド化(カスタム改造)された.50 Caliberヘッドや、Dual Rectifierを愛用していました 。ハイゲイン・アンプの代名詞とも言えるRectifierをアランが使用しているのは意外に思われるかもしれませんが、ゲイン量を緻密にコントロールし、後述する独自のダミーロード・ルーティングを経由させることで、荒々しさを削ぎ落としたきめ細やかでサステイン豊かなホーン・ライク・トーンを作り出していました 。
Marshall / 50-watt Head

機材解説
キャリアの初期(1970年代から1980年代初頭)、まだアラン独自の複雑な機材システムが確立されていなかった頃、彼は改造された50Wのマーシャル・ヘッドと2台の4×12キャビネットを使用していました 。 彼自身、「単音のリード・ソロを弾くにはマーシャルは最高だが、コードを弾くと歪みすぎて音が完全に濁ってしまう」と不満を漏らしており 、このマーシャルでの経験とジレンマが、後に彼がクリーン用とリード用でアンプ(またはシグナルライン)を完全に切り分けるシステムを構築する直接的な動機となりました。
Allan Holdsworth|愛用機材【エフェクター】
SynthAxe / MIDI Controller

機材解説
ギターそのものではありませんが、アランのキャリアを語る上で絶対に外せないのが、1985年にイギリスのビル・エイトキンらによって開発された「SynthAxe(シンタックス)」です 。 これは航空宇宙産業や軍事産業レベルのパーツで組み上げられたMIDIコントローラーで、右手のピッキング部分の短い弦と、左手の運指部分の長い弦が物理的に独立しているという画期的な構造を持っていました 。アランはこれを「天才的な閃き」と称賛し、ギター特有のピッチの揺れやMIDI変換時の誤動作(レイテンシーやゴーストノート)を完全に排除してシンセサイザーをコントロールすることに成功しました 。
さらに、彼はこれに管楽器用の「ブレス・コントローラー」を接続し、息の強弱で音量(アタックとディケイ)やフィルターをコントロールしました 。これにより、ピッキングのアタック音というギター最大の呪縛から逃れ、文字通り「ギターの形をした管楽器」として表現の限界を突破したのです 。しかし、非常に高価で複雑な構造ゆえに製造元が倒産し、技術的なサポートが一切受けられなくなったため、後年は泣く泣く手放すことになりました 。
Yamaha / UD-Stomp (Modulation Delay)

機材解説
アラン・ホールズワースの名前と直結する伝説的なペダルと言っても過言ではないのが、ヤマハと共同開発したマルチタップ・モジュレーション・ディレイ「UD-Stomp」です 。 それまでアランは、ADAなどのデジタル・ディレイを最大6台も巨大なラックに組み込み、それぞれ異なるミリ秒単位のディレイ・タイムと細かなパンニングを設定することで、彼特有の包み込まれるような分厚いコーラス/ディレイ・サウンド(通称:ボリューム・スウェル・プリセット)を作っていました 。 UD-Stompは、「その巨大なラック・システムを足元サイズのペダル1つに完全に凝縮する」という恐るべきコンセプトで生まれました 。8系統の完全に独立したディレイ・ラインを持ち、それぞれに対してパン、モジュレーションのスピードと深さ、ハイパス/ローパス・フィルター、フィードバック量を個別に設定できるという、当時のコンパクトペダルとしては常軌を逸した演算能力を誇っていました 。2004年に生産完了となりましたが、現在でも中古市場で価格が高騰し続けている名機です 。
Yamaha / Magicstomp

機材解説
UD-Stompの生産完了後、アランが晩年に至るまでライブシステムの主力として愛用し続けたのが、同じくヤマハの「Magicstomp」です 。 驚くべきことに、彼はこのコンパクトなペダルをライブステージ上に最大6台も直列(デイジーチェーン)に繋いで使用していました 。Magicstompの内部には、彼が愛用したヤマハDGアンプの卓越したリード・トーンや、UD-Stompと全く同じアルゴリズムのディレイ・プログラムが移植されており、パッチを切り替えるだけでアンプのチャンネル切り替えから複雑な空間処理までをシームレスに行うことができました 。
Rocktron / Juice Extractor

機材解説
1990年代のレコーディングやライブ・システムの中核を担っていたのが、ロックトロンから発売された「Juice Extractor(ジュース・エクストラクター)」です 。 これは、元々アラン自身が電気パーツを集めて自作していた「Harness(ハーネス)」と呼ばれるブラックボックスをベースに製品化されたものです 。使い方は非常に特殊で、真空管アンプ(100Wまでのマーシャルやメサブギーなど)のスピーカー・アウトから出力される大音量のパワーアンプ信号を、この機材に入力してダミーロード(抵抗)で吸収させます 。 そして、真空管パワーアンプが限界までドライブされた極上の歪み成分をライン・レベルの信号に変換し、内蔵された3バンドのパラメトリックEQとHUSH(高品質なノイズリダクション)を通した後、最大6系統にパラレル分岐して出力するというものでした 。この分岐された信号をそれぞれ別々のディレイやコーラスに送り、最終的にミキサーでステレオ出力することで、空間系エフェクトがアンプの歪みによって濁ることなく、クリスタル・クリアな輪郭を持ったままリード・トーンと融合することが可能になりました 。
J. Rockett Audio Designs / Allan Holdsworth Signature OD/Boost

機材解説
晩年にJ. Rockett Audio Designsからリリースされたシグネチャーのオーバードライブ/ブースター・ペダルです 。 非常にスムースでコンプレッションの効いたサウンドが特徴で、アンプの歪みをプッシュし、指先の僅かなタッチだけで無限のサステインを得るための「レガート奏法専用機」とも言える緻密なチューニングが施されていました 。高域(トレブルやプレゼンス)が意図的に抑えられ、分厚いミッドレンジが強烈に押し出されることで、彼のトレードマークである「耳障りなアタックのない、まろやかでサックスのようなトーン」が容易に作れる設計でした 。
Allan Holdsworth|愛用機材【その他】
Timothy Taylor’s / Real Ale (Yorkshire Ale)

機材解説
音楽機材ではありませんが、アランのパーソナルな側面とレコーディングの舞台裏を語る上で欠かせないのが「ビール」です。彼は超絶技巧を持つ気難しい天才と思われがちですが、素顔は非常に気さくで地に足のついたヨークシャーの男であり、故郷イギリスの伝統的な製法で造られる「リアル・エール」をこよなく愛していました 。 特に「Timothy Taylor’s(ティモシー・テイラーズ)」などのヨークシャー産エールは大のお気に入りで、ライブ後のリラックスした時間や、自身のThe Breweryスタジオで誰にも邪魔されずに一人ミキシングの作業に没頭する際には、この故郷の味覚が彼のクリエイティビティを支える大切な「アクセサリー」となっていました 。彼の温厚な人柄とビールを愛好する人間臭さは、その高度で難解な音楽の奥底に流れる、深いエモーションや叙情性と確実に結びついています。
Graph Tech (Tusq) / Guitar Picks

機材解説
アランはコードを弾く際には、ピックを右手の人差し指の下に巻き込んで隠し、親指と他の中指・薬指を使ってピアノのように弾くフィンガー・スタイルを多用していました 。これは、スキッピング(弦を飛ばす)を伴う複雑なヴォイシングにおいて、不要な開放弦が鳴るのを完全に防ぐためです 。
しかし、単音のリード・ソロの際にはピックを使用してピッキングを行っていました。後年、彼はグラフテック(Graph Tech)社の「Tusq(タスク)」という素材で作られたピックを愛用していました 。Tusqは人工象牙とも呼ばれる非常に共振性の高い硬質な素材で、硬い床に落とすと「カチン」ではなく「ピーン」という高い金属的な音が鳴るほどです 。この硬質なピックを使用することで、ソフトに指板を撫でるようなレガート・プレイの中にあっても、あえてピッキングした音符には明確なアタックと輪郭を持たせることができ、フレージングに絶妙なダイナミクスとアクセントを付与していました 。
Seymour Duncan / AH-1 (Holdsworth Signature Pickups)

機材解説
セイモア・ダンカンから発売されていたアラン・ホールズワースのシグネチャー・ハムバッカーです 。 このピックアップの最大の特徴は、一般的な「片側ポールピースと片側アジャスタブル・スクリュー」という非対称な組み合わせではなく、両側のボビン(コイル)共にアジャスタブル・スクリュー(ネジ式のポールピース)が採用された「ミラー・イメージ・コイル」構造になっている点です 。
直流抵抗値は約16kΩと、同社のJBモデルに似た高出力なスペックを持っていますが、両側スクリュー構造とアルニコ5マグネット(時期によってはアルニコ2のバリエーションも存在)の恩恵により、高域の痛いトゲが削り落とされ、中音域が分厚くサステインが伸びる特性を持っています 。彼の流麗なリード・トーンに特化した、非常に甘くサステイン豊かなサウンドを生み出す心臓部でした。






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